INNO diary

INNOVATOR JAPAN Official Blog

ハイコンテクスト・インタビュー

 

INNOVATOR JAPAN/Advent Calendar:Day 5 

 

 

 

ーーーさて、イノベーター・ジャパンのアドベントカレンダー5日目ということで、よろしくお願いします。今回はインタビュー形式でjdaにいくつか質問しますので、お答えいただければと思います。

 

まいどです。

  

 

ーーー近頃はホラクラシー、ティール、ダイバーシティといったワードを耳にすることも多いわけですが、自分が他者と違う、または自分のことを分かってくれる人がいるのかどうかなど、そういったことについてはどう考えてますか?特にミレニアル世代などは比較的関心のあるところかと思います。

 

 

いきなりドグマな感じですね。

それは、どうなんでしょうね。

いろんなポジショントークがあるんでしょうけど、まあ極論、人間は基本的に自分がいっちゃん可愛い生き物ではあるんでしょうし、自分が思ってる以上に他者は自分のことなんて考えてないって諦念すれば、別にどうっちゅうことないとは思いますけどね。

ただまあ、人間関係で気になるのは、ファッションは廃れますけどスタイルは永遠ですよってところを各々が体現できてるかどうかってとこですかね。

いちいちピボットしとったらテンテコマイになりやすいでしょ、個人でもチームでも。

だいたい世の中の8割はリベラルアーツみたいなとこに不得手でしょうし、僕みたいな人間に触手が動くのって2割おったらええぐらいやと思いますしね。

ほんで、リベラルであるためにはアーツが必要じゃないですけど、8割の方に合わせとったら絶対アカンなっていうのは確実にありますね、だいぶプリミティブな解釈ですけど。 

 

うーん、例えば、ほら、動物園にライオンがおるでしょ。

ほんなら、だいたいの人はテンション上がるじゃないですか、フォルムもクールですし。

でもね、あんなもんホンマもんのライオンちゃいますからね。

野生の生粋のライオンとは全く別の生き物じゃないですか。

たいがいそれをライオンやと思い込んで、ずっと生きていくわけですよ。

世の中そんなことばっかりですし、事実は小説より奇なりって感じでしょ。

だからまあ、全員が得てして観光用ライオンみたいなもんやと思っとけばええんちゃいますかね。

特に僕の場合なんか、観光客がわんさか来て写真バシャバシャ撮るような演出を求められるような側面もあるんでね。

まあ、総じて役割分担ですよ。

そうですね、人それぞれポジショニングを見定めてやってたら、それだけで及第点なんちゃいますか。

SMAPで言うたら、元来木村君のポジションの人が、中居君のポジションでは動けませんやんか、どんだけ頑張ってもサブいもんはサブいですよ。

ゴレンジャーで言うたら、本来的に赤の人がね、黄とか緑はできひんでしょ、頑張る頑張らないの次元じゃないんですね。

そもそも頑張るって、頑を張ってる時点で、あんまりセクシーじゃないですし、オーガニックじゃないですから。

そういうとこ、ちゃんとした方がいいでしょうね、こけおどしにならんようにするだけで十分ピースになっていくと思うんですよ。

ていうか、ミレニアル世代なんて未来しかないじゃないですか。

引くぐらいオモロい世界にしていきたいですね、みんなで一緒にね。

とりあえず、そんな感じですかね。

 

 

ーーーなるほどですね。では、同様に、悩みというものについてはどう考えてますか?

 

悩みですか、まあ、そりゃいろいろ悩みってあるでしょうね。

悩むと書いて生きると読む、みたいなとこもありそうですよね。

ただまあ、悩む必要性ってほぼないんじゃないかっていうのはありますよね。

モヤモヤってなったら、それがどこの領域におるか判断すれば割とスーっと抜けていくと思いますけどね。

ポリシーか、セオリーか、イネビタブルか、概ねどっかにおるでしょ。

ポリシーは、サンローランの財布買うか買わないか、みたいなやつですよね。

そういう系の瞬間って人生で山ほどありますけど、悩んだとて進展するわけちゃうんで、規範さえ作っとけば解決しますやんか。

例えば、財布だけハイブランドっていうのは痛々しいからやめとくみたいな、ある種の美的センスをメイクしとけば悩まんでええと思うんですよ。

自分の中のルールを堅持しとけば自然に運ぶから、悩まんでええでしょ。

セオリーは、急にカルボナーラ食べたくなってきて、ええ感じの作り方を知りたいけど、どうやったら綺麗にできんねんみたいなやつですね。

でも、美味しいカルボナーラの作り方はすでにどっかで共有されてるわけやし、あとは何個かある勝ち筋の中から状況にフィットするものを選ぶだけで、そこまで考える必要ってないですよね。

イネビタブルはそのまんま、悩む意味がどこにもないですよね、どうしようもないですから。

水は100℃で沸騰する、的なことですよね。

よっしゃ今日は75ぐらいで沸騰させたろかって息巻いたところで、そんなもん、めちゃくちゃハードコアじゃないですか。

どないすんねん、大気圧イジんのかいな、みたいなね。

ただ、意外とここらへんで悩んでる人って多い気はしますよ。

学んでないのか、経験してないのか、要は知らないから訳が分からんくなるわけじゃないですか。

そこで悩むってシンプルにリソースの無駄で、単に知ってればええっちゅう話ですよね。

もしくは知りたくもないこと、これまで縁がなかったようなことは、はじめっからやらんでええんですよ。

誰か他に得意な人がやってくれますから、それこそホタルの引き込み現象じゃないですけど自然同調じゃないですか。

やることを決めるよりも、やらないことを決める方が重要ってよう言うたもんですよ。

そうなると、大半のことは特に悩む必要ないですよね。

どうしても悩むってなったら、情報が足りてないか、リスクとかボラティリティとかリターンが読めへんのでしょうね。

そしたら情報収集するかイマジネーションで未来に賭けるしかないんで、結局そこまで悩まんでええと思うんですけど。

あとね、難しい言い方したら、演繹で攻めすぎてるっていうのはあるんじゃないですかね。

帰納も使うと楽になるっていうかね。

物事って抽象にした方が首尾良くて、具体のまんまやったら結局スポットでしか役立たへんくなってまうでしょ。

抽象を意識したら、違った分野でも活きてきたりするんですよ、パフォーマンスが潔くなるっていうんですかね。

なんか学際的になってきてますけど、例えばね、お笑いってみんな親しんでて、ツカミとか、テンドンとか、オチとか知ってると思うんですけど、そういうのって人を笑かす場面だけじゃなくて、いろんなとこで利用できたりするわけじゃないですか。

そろそろ年末の時期ですよね。

日テレの笑ってはいけない24時って毎年やってますけど、あれ平たく言うたら、緊張の場に弛緩を入れてあげるとディストーションが発生する構図ですよね、笑ったらアカンからこそお笑いになってくるんですよ。

そこで尻叩かれてる画を観て面白がってるだけじゃなくて、逆転の発想を他の事例に当てはめても効果がデカくなるんじゃないかとか、そうやって少しでも抽象化してあげれば何かの役に立ってきそうちゃいますか。

まあ何にせよ、語弊を恐れず言えば、あえて不真面目になる意識と習慣が大事なんちゃいますかね。

そこでエネルギーむちゃくちゃ使うんで、悩んでる暇なんてあんまりないですし。

とりあえず、そんな感じですかね。

  

 

ーーーなるほどですね。では、テイストは変わりますが、デザインとアートの違いについてはどう考えてますか?

 

んー、ありますよね、そういう話多いですよね、最近。

でも、そんな住み分けどうでもええと思うんですよ、正直。

デザインもアートも極端に言えば誰もが普段から普通に実践してることではあると思うんで、こねくり回して高尚に議論することで余計ややこしくしてしまってるというかね。

まあ、デザインは課題解決型でアートは課題提起型みたいなことはよう言われますけど、とりあえずそんな風にイメージしとけばええんちゃいますか。

アプローチする対象がなんとなく顕在化してるかしてないかっていうのは割とありますからね。

だから、一般的にアートってよう分からんもんみたいになるわけでしょ、ほとんどの人には見えてへんから。

もっと言うと、アートが分かる分からないっていうのが根本的に変な話で、分かるって文字通りなんですけど、アートって分けて分解して理解するようなもんじゃないですからね。

むしろ、自分なりに足していって混ぜていって解釈していくもんじゃないですか。

デザインは引き算も目立つかもしれへんけど、アートは足し算の美学、共創、バッファっていうかね。

でもまあ、どちらにせよ何かしらのツールとキャンバスを使って表現してるだけっちゃだけですから、そんな小難しく考えたとて、しゃあないんですよ。

ただ一方でね、アーティストはデザインしてるけど、デザイナーがアートしてるかって言われたら微妙かもしれませんね。

メイクアップアーティストはおるけど、メイクアップデザイナーって誰ですかって感じじゃないですか。

そこに絶妙なキャズムがあんの分かりますかね。

この手の言葉の綾って結構あるんで、ええ感じの見つけてみたら何かが氷解するかもしれませんよね。

ほんで、デザインの語源ってデジグナーレ、プロジェッターレっていうラテン語で、物事を前に進めるみたいな意味合いなんですけど、そういう意味では、デザインって過去から現在を経て未来に向かうもんで、アートって逆に未来から遡及して現在にあてがってるもんとも言えるかもしれないですよね。

そうですね、ビジネス的なところで言うたら、アーティストとデザイナーの役割ってだいぶ違うから、そこは明確にしといた方がええんちゃうかなとは思いますね。

向き不向きがおもいっきり出るとこでもあるんで、そこのミスマッチは避けた方がハッピーなんでしょうね。

あとね、こういう話って、サイエンスやら哲学やらも入り組んでるんで、すぐ腑に落ちるネタでもないんですよ。

んー、まあ、少なくともサイエンスってデザインと仲が良い感じはしますよね、世界はどういうものかっていうのをロジカルに説明するわけじゃないですか。

デザインって割とロジカルにやるもんですからね、半ば知識の量ですよ。

ここらへんも割と勘違いしてる人は多いかもしれませんよね。

デザインって才能にレバレッジかけてやってるというよりも、なかなか経験値が物を言いますからね。

ファッションとかも似たようなもんで、洒落た人って最初から洒落てるんじゃなくして、そんだけアイテムを見て聞いて抱いて買って身に着けてのサイクルを回しとるわけでしょ。

他方、アートって哲学と近しいとこもあって、人間にとって世界はどう見えるか、人間の本質とか美の基準を描こうとするもんじゃないですか。

ロジックよりも美意識とかインスピレーションの方が強くないとダメで、半ばセンスの質ですよ。

花を美しいと感じることに対して、ロジックで理由付けすんの結構しんどいじゃないですか。

贈り物で花束もらって、なぜ感動するのかって、説明すんのエグいぐらい難しいでしょ。

ふと思ったんやけど、下層のデザインと上層のアートの間にソサイエティって位置してるような気もしますね。

まあ、アートとデザインどっちが上かっていうのは、価値観とか文化とかTPOに依るところもあるんでしょうけどね。

とりあえず、そんな感じですかね。

 

 

ーーーなるほどですね。では、ご自身はアーティストとデザイナー、どちらに寄ってると思いますか?

 

どっちとかないでしょ、往来してるんちゃいますか。

ただ、ハロー効果もあって、アーティストとして捉えられる方が断然多いですけどね。

まあ、言うなれば、アーティスティック・デザイアーみたいなもんですよね。

 

 

ーーーそれは、なんのこっちゃ。

 

抹茶に紅茶や。